好きなものとか

ひとつだけ好きと決められない今日を「器用貧乏」言い訳にして

2017年の現場振り返り 私的ベスト3

2017年のライブ・舞台の中で特に印象に残っているものベスト3について思い出しながら書きました。


GACHI ~全力 entertainment 4U~

ふぉ~ゆ~らしさ全開のエンターテイメント・ショー!
生まれて初めて、見終わった瞬間に次のチケットを手配しました。それくらい何度だってみたいと思った。
もちろんがっつり踊るし、ファンが求めるふぉ~ゆ~をきっちり見せてくれた上で、ファンの期待以上のものをみせてくれる信頼と実績の4人。
そして何よりも、アドリブや客席を巻き込んで盛り上がれる演出など、今この瞬間にこの場にいる人たちを全力で楽しませるというエンターテイメントの精神。
ふぉ~ゆ~の今までとこれからを全部詰め込んだみたいなショーだったなぁ。
詰め込みすぎて破茶滅茶なんだけど、それでもこれがふぉ~ゆ~らしさだって胸を張って言える4人が好きだし、そのカオスっぷりが何よりもふぉ~ゆ~の魅力だと感じました。
それぞれのやりたいこともはっきりとしてきて、個々の活動も増えてきたなかで、個性を活かしたグループとしての面白さも失わない。
これからもそんなふぉ~ゆ~を応援し続けたいと思えた最高のショーでした。


世田谷ピンポンズデビュー5周年記念公演 都会、なんて夢ばかり

いつか世田谷ピンポンズさんのライブに行きたいと思っていた夢がようやく叶った日。
私にとって世田谷ピンポンズさんの歌は、生きていくのに必要な、大切な栄養分みたいなものです。
ずっとCDで音源を聴いていましたが、生で聴く声の力強さはただただ圧巻でした。
忘れていた懐かしい思い出がふわふわと漂ってくる時間。
父親に教わったギターのこと。大学生のときにずっと一緒にいたくて帰りたくなくて何時間も居座った喫茶店のこと。
遣る瀬無さも切なさも幸福も悔しさも、どうしようもない心の隙間や生活の軋みも、彼が余すことなく歌ってくれるから、いつの間にか落としてきてしまったものをそっと拾い上げてくれるから、私みたいなのが安心して東京の片隅で夢を見続けられる。
そんなことを感じたライブでした。


Juice=Juice LIVE AROUND 2017 FINAL at NIPPON BUDOKAN Seven Squeeze!

夏以降Juice=Juiceの現場に行けてなかったので、初めて7人でのパフォーマンスと宮本佳林ちゃんの復帰を見ることができたライブ。
2017年は推しや担当がステージに立てないライブを観る機会が何度かあったから、当たり前のように笑顔で歌って踊るかりんちゃんを観ることができて涙が止まらなかったなぁ。
5人のJuice=Juiceの到達点のように思えた武道館公演から約1年。
今度は7人のJuice=Juiceのスタートラインとして武道館公演ができたこと。そのことがたまらなく幸せだと思いました。
こういう言い方は適切じゃないかもしれないけど、Juice=Juiceを未来へと繋げていかなきゃならない責任ができたことは、彼女たちにとっても大きいものになっていくんじゃないかなと勝手に思っています。
新メンバーの段原瑠々ちゃんと梁川奈々美ちゃんはとってもかわいくて素直で、でもたぶん既存メンバーよりも結構気の強いタイプな気がしていて、Juice=Juiceの優等生らしさをいい意味で壊してくれるガッツ溢れる子たちなんじゃないかと期待しています。
端的にいうとJuice=Juiceにもっと売れてほしいし、次のステージを目指してほしいし、そのためにはもっと貪欲になってほしい。
新メンバーの加入や今回の武道館公演がそのひとつのきっかけになりますように。いや、なるって信じてる。


その他にもたくさんの素敵なステージに巡り会えた2017年でした。

せっかくなので全現場一覧も↓

続きを読む

人知れず溢れた言葉の軌跡だけ 2017(ニーゼロイチナナ)短歌のまとめ

  1. 骨箱を抱き立つ兄の唇に一粒のガムそっと差し出す

  2. 熱が出て看にきてと言う君のこと「もう好きじゃない」マスク越し、キス

  3. 粘膜のひりひりと痛み きみとぼく 断絶 ぼくをつくる 境界線(ボーダー)

  4. 七月の九日 今日は 私からあたしに成った 最初の夏の日

  5. 設問一 過去の女性の口紅で一番愛した色は何色?

  6. 設問ニ さんかく・しかく いくつでも使ってひとつ絵を描いてみて

  7. 設問三 いますぐ会いたい人は誰?ただしあたしとあの子は除く!

  8. 設問四 軽妙洒脱 思いつく 言葉をどうぞ 例 ボッティチェリ

  9. 「友達」と名前をつけた関係が終わりを告げる十七の冬

  10. 首筋に一房垂れる後毛の白髪混じるも君は美し

  11. 人知れず育ってしまった恋だから 証拠隠滅 飲み干して、愛

  12. 愚かだということにも気づかないくらい愚かに生きたかった

  13. 死にたいと毎日思うこともない人がほんとにいるの?ほんとに?

  14. いつだって認めてほしいほしかった 自分一人で愛せばいいのに

  15. 唇の内側 濡れた肉が触れ 離れる一瞬鼻に抜く「m」

  16. ママ まぐわい まがいもの 耳 娘 無垢 まがまがし音 まろやかな音

  17. 疑いもなく通じてる きみとぼく 通じてる?なんら根拠もないのに

  18. テレビの中映る君らの眼差しが声が身体が交れと願う

  19. 過ちはなかったと思う僕たちが出会ってしまったこと以外には

  20. わたしのいう好きと君のいう好きは音は同じで音だけ同じで

  21. ステージの上で死んでもいい そんな顔をしてるね 幸せだよね

  22. 君、落ちる 夜空も見えぬ劇場の赤布ひらり白布ひらり

  23. 曇り空 無数の風船舞う今日がハレの日どうぞ幸せになれ

  24. 土砂降りのなか傘たたみ靴を脱ぎ 裸足で歩く?靴下でいく?

  25. 憧れを集めただけなのきらきらを集めたかっただけなのあたし

  26. 数センチ隙を残して欲望を促す装置 君は偶像(アイドル)

  27. 清純と異性の欲望 消耗品 一位は女神?それとも堕天?

  28. 僕たちは永遠にふたり ひとつにもひとりにもなれず隣を空けて

  29. パパは出て行く音だから呼んじゃだめ そういったママが今日 家を出た

  30. 御守りをAmazonポチり頼みますレターパックで届く?神様!

  31. 「今日5限、単語テスト」「まじ?」「やばい」「範囲は?」「しらん」既読11

  32. 君を忘れ 君が僕を忘れたら 躊躇いもなく死を選ぶのに

  33. 言の葉が落ちる流れる溢れるわ ここまで止めた血反吐の代わりに

  34. 指結び 一秒先の未来でも 一緒に生きてと願いは秘めて

  35. できるなら愛してあげたい永遠に何者にもなれないあたし

  36. ビー玉を都会の夜に透かし見てたった一つの星を手にする

  37. 込み上げる嗚咽を瞼の裏側に閉じ込めて立つ 赤い静寂

  38. ひとつだけ好きと決められない今日を器用貧乏言い訳にして

  39. 去年とは違う冬です。水溜り映る私と映らない君。

  40. 何一つ忘れてあげない 君のこと 第二ボタンは無くていいから

KinKi Kidsを愛し続ける覚悟を決めた日

アイドルを好きになってから一番泣いた半年間でした。

 

これについて書くかどうかずっと迷っていたのですが、2017年を振り返る上で自分の中で一度言葉にしておきたいと思って書くことにしました。
何ひとつまとまっていないし、未だにこのことをどう受け止めていいかも、どう整理をつけられるのかもわからない中で、私は何を感じてきたかなぁという振り返りの意味で書こうと思います。


2017年6月28日に剛さんが突発性難聴を発症したと発表しました。
あの日から、アイドルを応援するということがどういうことなのかとか、何が正解なのかとか、そんなことばかり考えていた半年だったと思います。

 

6月28日。
私がそのことを知ったのは電車の中でした。
仕事が終わって、テレ東音楽祭の様子が知りたくてTwitterを開いたら、ツイートが怒涛のように流れてきて、断片的な情報を繋ぎ合わせてわかったのは、剛さんが耳の病気で番組に出られなくなり、光一さんがひとりで番組に出ているということ。
まだこのときはどんな病気なのかも、どんな影響があるのかもわからず、ただ不安と心配で血の気が引いてしまって、目の前が真っ暗になったことを覚えています。

 

正直、あのときのことはあまり記憶がなくて、ただ自分勝手なことをいえば、ひたすらに苦しかったのだと思います。
心の弱いファンでごめん。病気になった本人が何よりも苦しいことはわかっているのに、私はただ泣くことしかできなくて。
これから先、彼らがステージに立つとして、それを心から楽しむことが、応援することができるのだろうかと、わからなくなってしまいました。
無理をしてほしくない、でもステージに立ちたいと思っていることも痛いほど伝わってくる。
あのときは、ただ笑っていてほしいと願うことすらも負担になるのではないかと思って、未来を楽しみにしていると思うことですら苦しませるだけなんじゃないかと思って、でもネガティブなことは絶対に言いたくないし、ファンとしてどう受け止めて、どうするのが正しいのか、ずっとぐるぐる考えていました。

 

その答えは、未だにわかりません。

でも、腹をくくることに決めました。


あれから、パーティーがあって、ドリフェスがあって、いくつかの音楽番組があって、そしてドームコンサートがあって。
ふたりでステージに立ってくれることが嬉しいと同時に、心配や不安で手放しでは喜べない自分もいて。
でも、彼らが覚悟を決めてそこに立っているのなら、そんな風に勝手に凹んでいるのも失礼なだけだと、こっちも腹をくくるしかないと思いました。
東京ドーム公演で、「無理してでも立ちたい場所がある」と言った剛さんのこと。それに力強く「もちろん」と応えた光一さんのこと。
苦しくて、胸が締め付けられて、それでも見ていたいと願うのはこっちの責任だし、どんな未来も愛し続ける覚悟を決めました。

 

あの日の横浜で祈るように未来を夢見た私に、どんな形であれこうしていま確かに幸せな時間があること、KinKi Kidsの未来に期待していてくださいという言葉、ふたりの笑顔があるから、大丈夫だよとだけ言ってあげたい。


ということを元旦公演に入る前に書いていたのですが、まさかふたりが言い争いを始めるとは思っていなくて(笑)
色々あったことも含めて、ふたりが何を思って何を感じているかなんてふたりにしかわからないし、どんな未来でもふたりの選んだものを受け止めるだけしかできないから、これ以上何か言うのは野暮かなという気がしてきました。
今回のできごとは、もしかしたらふたりの関係性を決定的に変えてしまうのかもしれない。それがいい変化になるのか悪い変化になるのかもわからない、もしかしたら何も変わらないのかもしれない。
不安がないといえば嘘になるけど、信じて待っていたいなぁ。

好きな人が誰も傷つかず、誰にも傷つけられず、誰も傷つけない世界であってほしい。

ただそれだけを願っています。

 

あ、でも年に基本的に4回しかない公演のオーラスであの言い争いをみせられたことはちょっとだけ恨んでます!
最後くらい幸せに終わって!そういうところもKinKi Kidsらしいけどさぁ!
次がいつになるのかはわからないけど、ちゃんと幸せな続きを見せてよね。

自担にマウンティングされた話

8/27放送の関ジャムのKinKi Kidsが最高すぎたのでその話をしていいですか?

とりあえずまだ観てない方は観て!いますぐ観て!
お近くのKinKi担に言えばすぐにダビングでもなんでもしてくれるから観て!


私は少し前にこんな記事を書いたんですが…

fvrtthngs.hatenadiary.jp

関ジャムを観ていたらまさかの自担にマウンティングされるという面白すぎる事態が発生したので、それについて書きたいと思います。

 

事の発端は、放送前週に流れた予告のこの一言に遡ります。
(お時間に余裕のある方はぜひ予告も探してみてください。)


剛「光一とたとえば友達でもないし、時間をすごく共にしたわけでもない人やから…」

この予告が出た段階で、KinKi担界隈は若干ざわつきました。
「あなたが時間を共にしたわけではなかったらそれ以外の人は一体何になるの?」
「これは不仲っぽアピールをしつつ最終的には結局それでもうまくいく俺ら自慢話パターンか?」
などなど、本編に対する期待と不安でTLが埋まりました。
KinKiは別に仲良しこよしというわけではないし、ファンとしてもそれを望んでいるわけではありませんが、変に不仲を強調されるとファンも(本人たちも)あまり嬉しくないという複雑な(面倒くさい)グループです。

何はともあれ、このとき私たちは微塵も疑っていなかったのです。
「光一と友達でもない、時間をすごく共にしたわけでもない」というのは剛さんのことを指すのだと。


いざ、放送が始まりました。
初っ端から再び予告の発言を繰り返し、不穏な空気で始まった本編ですが、
ところで相変わらずソファの使い方がおかしいことには突っ込まずにはいられない。

KinKi Kidsのここがダメ!
・ソファにうまく座れない><
・気がつけば三人掛けのソファの割合が
 眼鏡|剛|光一 になっている

眼鏡さんがちょこんと座っていたのがとても可愛かったです。

 

まあそんなこんなで、豪華な面々からのメッセージに、
KinKi Kidsという人格」(by堂島大先生)
「無意識の中で意識してる」(by光一さん)
というパワーワードも生まれ、
いよいよ中盤、予告での例の発言が飛び出しました。


それがこれ。

剛「ただ俺が思ってる、光一これやったら面白いのになとか、光一こんなことやってみてもいいのになっていうことが色々あるけど、それは世間の人からすると、光一とたとえば友達でもないし、時間をすごく共にしたわけでもない人やから、結構賛否両論になると思うけど、時間を随分と共にしている俺からしたら、メッチャおもろいのにな、みたいなのがあるやんか」

 

あれ???
光一さんと友達でもないし時間を共にしてないの、我々のことだったー!!!

 

つまり、
「光一と友達でもない、時間をすごく共にしたわけでもない人」=剛さん
ではなく
「光一と友達でもない、時間をすごく共にしたわけでもない人」=剛さん以外の世間の人
「時間を随分と共にしている人」=俺
の構図だった。
俺(剛さん)とそれ以外の明確な線引きのマウンティングだった…。

 

いや、そうだよね、出会ってから約26年、ずっとデュオとしてやってきた人たちが、時間をすごく共にしてきたわけでもないって表現で括られるわけないよね。
そんな構図を持ち出さずとも、それは十分にわかっておりますとも…。

さらにそのあと、KinKiの関係性について外野から言われることについては、
「KinKiらしさは第三者が勝手に決めている」

「皆、その謎解きを一生懸命やろうとしている」
と牽制のお言葉が。
だって、友達でもなく時間をすごく共にしてきたわけではない我々からしたら、謎解きするくらいしかできないんです。

そしてその想像力を掻き立てられることこそが、ある意味でKinKiの魅力だとすら思っている。

今の時代において「語りたくなる」「共有したくなる」って武器になると思うので。

とはいえ、変な曲解や大げさに煽りたてるのはいただけないですが。


予告の印象から一変、なんか盛大にマウンティングと自慢をされて終わったような気がする本編でした。
でもファンとしてはそれで大満足です。
ふたりの間に何者かが入るとは思っていないし、それこそ前回のコンサートのタイトルの
「We are KinKi Kids Dome Concert 2016-2017 TSUYOSHI & YOU & KOICHI」

のYOUの部分に恐縮してしまうようなファンたちなので。
(でも、剛さんの口ぶりからすると、俺と世間の人との間に、少しだけ近いところでファンの存在もあるような、多少なりとも信頼をしてくれているような、勝手な想像をしてみたり)


というわけで、予告のところばっかり面白くて取り上げてしまいましたが、お互いの声を意識しなくてもだいたい合ってる!とか、合作を作るときは相手に歌ってほしいメロディーや詞を作るという話とか、とにかくKinKi KidsKinKi Kidsに誇りをもってて自慢と惚気の連続であまりに素敵な番組でした。

ただし予告が悪い!でも予告以外は最高でした!テレ朝さんには足向けて寝れないですね。

ジャニヲタのマウンティングについて考えてみた

先日、同人誌「悪友」を読んだ。
オタク女の浪費をテーマにした赤裸々な告白は他人事とは思えず、なかなかに背筋が寒くなる。


しかし何より興味深かったのは、ソシャゲ沼にはまったという女性が語った「課金マウンティング」という言葉だ。
某アイドル系ソシャゲ界隈では、SNSで課金額を公表する、ガチャを回してはその結果をアップするなど、とにかく「これだけこのジャンルを愛してる!」ということを課金で示すという。
アイドルからソシャゲまで、ありとあらゆるオタク沼の浪費事情が語られていたけれど、マウンティングについて明確に言及があったのはこの課金マウンティングだけだった。


でも本当は、どんな趣味にもマウンティングがある。と思う。
ジャニヲタになってから漠然と感じていたモヤモヤの正体は、もしかしたらこれだったんじゃないかと思うのだ。


というわけで、初心者ジャニヲタが日頃感じるマウンティングについて、まとめてみた。
ジャニヲタといっても自担界隈の話がほとんどなので、全グループに当てはまりはしないだろうということで、あしからず。
そして自分もついやっちゃうよなぁという反省も込めての話です。

 

①お金を出さなきゃファンじゃない!系のマウンティング
ソシャゲの課金マウンティングと同様、とにかくお金かけてます系のマウンティング。
大量に買ったCDの写真をアップする、ジャニショでの担当全買いレシートをアップするなどといった行為で表されることが多いが、純粋にファンとして担当を応援することにお金をかけるのは別に何らおかしなことではないと思う。
問題はそれを周りに強要したり、これくらいお金を出さなきゃ本当のファンとは言えないなど、他のファンを下に見ることである。
とはいえ利益が出なければ活動ができないのも事実。
周りを圧迫しないように気をつけつつ、お互いの消費を盛り上げるのも大切だと思うので、加減が難しいところ…。

 


②全ステ・多ステしちゃう系のマウンティング
誰だって、できることなら全ステしたい。
全ステに限らず、競争率が高い初日・記念日・千秋楽についてもマウンティングされがち。
Twitterのbioやアカウント名にさりげなく参戦日程を書いてみたり、「全ステできることになりました!」と書き込んだりと、アピールの方法は様々。
何も言わずに淡々と全日程のレポを流してくるという猛者もいる。
ちなみにマウンティング返しとしては「ひとりが何回も入るより、少しでも多くの人が入れた方が嬉しいよね」「デビュー日はやっぱり昔からのファンの人に入ってほしいな」「1公演入れるだけでもありがたいよ~」など、より良識のあるファンを装うことが多い。
グループや公演によって、全ステ・多ステが叩かれやすいのか普通のことなのかが結構違うので、空気を読んだ発言が大事。

 


③神席入っちゃいました系のマウンティング
誰だって、できることなら神席に入りたい。
個人的にやられるとモヤモヤするのに自分でもやってしまうマウンティング第1位。
「やばい、近い」「まって、むり」「ちかすぎやばいしぬ」など、公演前後のテンションでつい呟いてしまったのだろうとわかるが、天井席からそのツイートを見るこっちの気持ちにもなってほしい。
といいつつ、自分もアリーナとか入ったら絶対「むり」「ちょっとまって」「ちかい」「やばい」みたいなこと言っちゃうんだこれが。
ファンサもらった、銀テープ取れたなどとセットになることが多いため、結構ダメージが大きい。
席がいまいちだったときは「天井席だった分全体の演出がじっくり見れてよかった~」「スタンドは埋もれないから見やすくていいよね」などなど、自分の席のメリットを挙げて気持ちを盛り上げることで、マウンティングを回避したい。
結局どんな席でもなんだかんだめちゃくちゃ楽しいもんです。

 


④何があっても担当を応援するよ系のマウンティング
流行りの熱愛報道絡みでよく見かける話。
「これくらいで担降りするなんて、愛が足りない!」「何があっても、○○のこと信じてるし応援し続けるよ」といったことをSNSで表明することで、自分の愛の深さを示そうとする。
一方で、「これだけ好きだったからこそショックなんだよ!」「これで平然としている方が愛が足りない!」といった返しも見られる。
ファンとしての正しいあり方、みたいな話は結構根深い。

 


⑤解釈厨的マウンティング
雑誌のインタビューからテレビやライブでの発言、服装や表情など自担をありとあらゆる側面から考察し、解釈を加えるタイプ。
だいたい過去の発言やら何やらを引用して、根拠づけする。
これだけ自担のことよく理解してます系のアピールで、うまいこと言ってバズらせるのが得意なファンもいる。
勉強になるし、一側面として受け止めるのは純粋に興味深いが、解釈を押し付けたり、あまりにTOアピールが強いと辟易するし、新規ファンからすると結構しんどい。
ちなみに自担界隈はお互いネタにしつつポエミー合戦が始まることも多いので、一種の様式美なのかもしれない。

 

 

たぶん細分化すればもっと色々あると思うが、とりあえずSNSでよく見かけるし自分もやりがちなマウンティングあるあるでした。

 

こういうことを考えていると、いい加減マウンティングのない趣味を見つけたいと思うけれど、たぶんそうじゃないんだろう。
どんな趣味にもマウンティングがあるのではない。そう思ってしまう私がマウンティングに囚われているだけなんだ。
私が探しているのはマウンティングのない趣味じゃない。
私がマウントを取れる趣味だ。誰にもマウントを取られない趣味だ。
きっと同じようにアイドルが好きな人でも、マウンティングなんてことは全く気にせずに純粋に好きの気持ちを楽しんでいる人たちもたくさんいるんだろう。


いつかそんな風になりたいと思いながらも、今はまだ、SNSを見ては悔しさに地べたを這いずり回り、自意識と承認欲求にまみれながら少しでもうまいこと言って良いこと言って見えない敵と闘って生きていくしかないみたいだ。
ま、それだけ面倒くさいこと考えながらもまだ好きでいられるってだけで、十分幸せなのかもしれない。
なんていう一文すらも、計算して書かなきゃいけないような面倒くさい生き物なんだよ、オタクっていうのは。という自戒を込めた話でした。

KinKi Kidsを好きになってから約1年経って、やっとKinKi Kidsのファンになれた話

ただのど新規ファンが何を偉そうなことをって思われるかもしれないけど、新規ファンから見た2016年のKinKi Kidsはこんな感じだったんだなってくらいに思ってください。

 

去年の今頃に自分でもどうしてかわからないくらい急にKinKi Kidsのことが気になり始めて、今年の1年間はほとんどKinKi Kidsに費やしてしまった。
正確には他のジャニーズとかハロプロにも手を出し始めてたからKinKi Kidsだけとは言えないかもしれないけど、お金とか時間のかけ具合でいったらダントツだと思う。

好きになる前のKinKi Kidsのイメージは漠然としていた。
ただ、幼稚園の頃にも少しだけ好きだった期間があって、生まれて初めて買ってもらったCDは「硝子の少年」だったし、その次に買ってもらったのは「愛されるより愛したい」だった。広い意味でいえば出戻りファンと言えなくもないのかもしれない。
あとはドラマとか、テレビ番組のイメージだった。金田一少年銀狼怪奇ファイル、未満都市、33分探偵、堂本兄弟……あれ、意外と知ってたなって思ったけど、どれもずいぶん昔の話で、最近のふたりが何をしているのかはほとんど知らなかった。

というより、最近のグループの活動のイメージが全然なかった。
堂本光一が「Endless SHOCK」という舞台をやっているのは知っていた。階段から落ちるやつ、くらいの認識で。
堂本剛がソロで音楽活動をやっているのは知っていた。なんか大きな石を抱えて歌ってたけどどうしたんだろう、くらいの認識で。
でも、KinKi Kidsが最近何をやっているのかは知らなかった。それこそぼんやりとどこかで聞いた「不仲説」を信じてしまいそうなくらい、失礼な言い方をしてしまえばグループとしてはもう「終わって」しまったのかもしれないと思っていたくらいだった。

そこから色々なことを調べて、CDも買って、ライブの円盤も買って、FCにも入って、少しずつ今のKinKi Kidsのことがわかってきた気がした。
たしかにグループとしての活動は少ないけれど、決してふたりの仲が悪いとは思えないこと。
レギュラー番組での様子、過去のライブのMCでの様子、雑誌のインタビューの言葉の端々から、お互いのことを尊重して大事に思っていることは伝わってきた。
もうすぐデビューから20周年、出会ってからは25年にもなるというふたりに、仲が良いとか悪いとかそういう次元の話は似合わないんだと思った。
過去におそらく色々あったんだろうこともわかった。未だに一部のファン同士でのごたごたも存在しているということも何となく察せられた。

ふたりだけというのがどれだけ大変で、どれだけ特殊なのか。
同じ名字で、同じ年代で、関西出身で、性格は正反対、たまたま同じタイミングでお姉さんが事務所に応募して、社長の目に留まって、そのままふたりだけでデビューなんて、ほんと設定盛りすぎ。
運命とか、奇跡とか、KinKi Kidsのファンは軽率に使いがちだけど、そうでも言わなきゃやってられないって。

なんかもう、びっくりするくらい面倒くさくて、びっくりするくらい最高のふたりだった。
たぶん本腰を入れて向き合おうと思ったら自分もすっごい面倒くさくなると思った。
事実、ファンになれたって思えるまで1年もかかったんだから、自分の予想は外れてなかったと思う。
というわけで前置きが長くなったけど、散々こじらせながらも、約1年かけてKinKi Kidsのファンになれた話をしたいと思う。



いきなり結論から言ってしまえば、私がKinKi Kidsのファンになかなかなれなかったのは、KinKi Kidsのファンになるよりも先に堂本光一のファンになり、堂本剛のファンになってしまったからだった。
そもそもKinKi Kidsを好きなったタイミングが悪かったというか、今思えば最高のタイミングだったと思うけど、なんとも微妙な時期に好きになってしまったのかなと思っていた。
ちょうどKinKi Kidsのことが気になって色々調べ始めたのが去年の年末あたりで、ぎりぎり乙コンには間に合わなかったから、Twitterのレポでどうやら今年はPボーンがプレゼントだったらしいこととか、カウントダウンでふたり揃って出だしを間違えたことを嬉しそうに話す様子とか、それがばっちりWSに抜かれてたりとか、そんな話をにやにやと眺めていたけれど、次にコンサートに行けるのは来年なのかと思うと、少し凹んだりもした。
当然SHOCKの申し込みにもTU FUNKの申し込みにも間に合っていないので、そのころの私にとってはCDやBlu-rayが全てだった。
KinKi Kids堂本光一のソロも堂本剛のソロも、繰り返し見たし聴いた。

そのころから、私の中にはどこか違和感というか、もやもやしたものがあった。
しばらくして、5月に光一さんのソロのBlu-rayが出るという発表があった。
そして、6月には剛さんのソロのBlu-rayとアルバムが出るという発表があった。
それぞれの最新の活動が知れるということが楽しみな反面、私は不安で仕方なかった。たぶん、このもやもやした感情の正体に気が付いてしまうのではないかと思ったから。


予感は的中した。
だって、どっちも最高だったんだ。
堂本光一の作る世界観。照明の美しさ、格好良さ。ソウルフルで繊細なダンス。
堂本剛の音楽。最高に自由でファンクで、格好良くて泣けてさ。
何より、ふたりが楽しそうだった。全力で自分がやりたいことと向き合ってるって感じた。
それは、正直に言ってしまえば、KinKi Kidsとして活動しているときより、ずっと生き生きと輝いて見えるってことだった。

もちろんこれは私の個人的な感じ方だし、そもそもユニットとソロの活動を比べること自体が間違っていたと今ならわかるけれど、当時の私はなかなか割り切ることができなかった。
だからこそ、私は自分自身をKinKi Kidsのファンだとは言えないと思った。
他のファンの方々が言うように、KinKi Kidsの活動を増やして欲しいと、そのときは心の底からは思えなかったから。

それでもKinKi Kidsは好きだった。
でもそれはKinKi Kidsの作るものが好きというよりは、その関係性が好きというのに近くて、言ってしまえばコンテンツとして「消費」しているようなものだった。ずっと罪悪感みたいなものもあった。
KinKi Kidsの作るものが好きって、胸を張ってKinKi Kidsのファンですって言えるようになりたかった。


そんななか、7月にシングル「薔薇と太陽」がリリースされた。
現金だけど、ぐっと引き戻された気がした。
剛さんがギターを弾き、光一さんが踊る。
ふたりにしかできない表現があるってことを思い知らせてくれた気がした。
そしてそのことを、ふたりもやっと、やっとという表現が適切かどうかわからないけれど、やっとどこかで手応えを感じられているのかもしれないなんて、勝手に思っていた。

そこから先はあっという間だった。
アリーナツアーそして先日の東京ドームでのコンサート。
一体私は何を不安に思っていたんだろうってくらい、KinKi Kidsのコンサートは素晴らしかった。
あの空間は、KinKi Kidsだから作れるもの、KinKi Kidsじゃなきゃ作れないものだった。

特に、東京ドーム。
だって、あの広い東京ドームで、5万5千人の前で、たったふたりメインステージだけで本編を魅せきるんだよ?
すっごくシンプルで贅沢で、ふたりがふたりのために作ったコンサートだって思った。
もう彼らには豪華な演出は要らないし(照明の変態っぷりは増してたけど)、特別なファンサービスも要らない。
ふたりがそこにいるだけで、ふたりが歌うだけで、KinKi Kidsなんだって、何よりそれをふたりが自覚しているのなら、もう最強だ。


そして、ふたりが本当に楽しそうだった。
ソロコーナーで、光一さんは5万5千人をダンスで、歌で魅了して。全員がただひとりの一挙手一投足にあんなに熱くなって。
剛さんは圧倒的なバラードで惹きつけたと思えば、5万5千人を熱狂的に飛ばせて宇宙まで連れて行ってくれた。
そしてそこから一気に「薔薇と太陽」になだれ込んで、ふたりが歌い踊る。
あのイントロが流れてきた瞬間の、ドームを揺るがすほどの興奮が、あの客席全体の温度がさらに一層上がるようなあの瞬間が、忘れられない。


もしかしたら、別に今回がたまたま良かったわけじゃなくて、昔からずっとファンの方にとってみれば、昔から変わらず素晴らしいんだって言われるかもしれない。
私にとって初めてのコンサートだったから、特別に感じただけなのかもしれない。

でも、ど新規ファンながら、今年一年で私が感じたことは意外と見当はずれでもないんじゃないかと思う。
たとえば「陽炎」という曲を剛さんが作ったこと。今回のコンサートの構成に光一さんがかなり関わったらしいということ。
ふたりだからできるものを作るということについて、それぞれが色々な場面で言及していること。
何となく、ふたりにとっても今年がひとつの転機で、KinKi Kidsのあり方について改めて何か発見があった年なのかもしれないと感じた。
もしそうなのだとしたら、それをリアルタイムで感じられたこと、そしてこれからのKinKi Kidsにも、堂本光一にも、堂本剛にも、まだまだ期待していいんだって思えることが、純粋にとても嬉しいと思う。


優先順位はつけられない。
人生は一度きりと剛さんが言うなかで、ふたりの人生はやっぱり何よりもふたりがやりたいことのために使ってほしいと思う。
でもそれはソロだけじゃないんだってわかったから。
これから先、堂本光一としても、堂本剛としても、そしてKinKi Kidsとしても、最高のものを見せ続けてくれるって信じてるから。
今なら胸を張って言える。私は堂本光一のファンであり、堂本剛のファンであり、KinKi Kidsのファンだって。